毎年のことですが、この国日本では卒業・入学シーズンに
日本の国歌「君が代」について色々と議論されています。
いろんな是非の言葉を聞きますが
私は今まで漠然と、日本の歌を歌うだけなのに
何故反対する人がいるんだろう
確かに、過去戦争時代に日本の国の犯してきたこと
他の国を悲しませ苦しめたこと
その結果、大きな代償を味あわされて終戦に至ったこと
「君が代」と「日の丸」がまだそのイメージから抜け切れていない
からだと思いました。
でも、ふと思ったんです。
日本の国の歌はそんなにいけない歌なんだろうか。。。。
インターネットで検索してみました。
「君が代の由来」と。。。。
すると、ビックリでした。
今まで、あまり良くないイメージだった歌は、素晴らしい歌だったんだと
恥ずかしながら、初めて知りました。
自分の国の歌なのに、私は何も知らなかったんだと
目からウロコ状態
「君が代」って世界に誇れる歌なのです!
|
当初、天皇は親王を推すつもりでいたらしいのですが
さて、その親王に仕えていた木地師の一人が ![]() わが君は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて 苔の生すまで やがてこの歌は、京の都で評判を呼び、勅撰和歌集の『古今集』に採録されるまでになりました。 「私たちの世の中が、何年も何年もかかって小さな石が大きな岩となり またその岩に、苔が生えるほどの長い月日、幸せでありますように」 後に、最初の「わが君は」が「君が代は」に変わり、民衆の間に歌い継がれていきました。 男は身分が低かったため、『古今集』では「よみ人知らず」として扱われましたが、 やがて名もないこの男がスッポトライトを浴びることになります。 朝廷から歌のうまさを認められ、石にちなんで「藤原朝臣石位左衛門(ふじわらあそんいしいざえもん)」 の称号を賜ったのです。村の中央部に当たる小宮神(こみやかみ)地区には 今も木地師の遺族や系図などが保存され その一族とみられる末裔(まつえい)九十余戸も残っているとのことです そして君が代は素晴らしい歌として一般民衆に広がり、 鎌倉時代以降、「わが君は」より語感のすんだ「君が代」と変わり、 長命を祈る歌、お祝いの歌さらには恋の歌として、 千年以上日本人に親しまれてきた歌と、言うことなのです。 しかし、侵略戦争時に国歌として歌われたのも、 まぎれもない事実です。 でも、それ以前の歴史を見る限りでは、 侵略や戦争を全く感じさせるだけのものではないと感じます。 またこのように1200年以上日本人に 親しまれてきた歌を否定する必要もないと思います。 確かに戦争時の事は反省すべき点は多いと思いますが、 大切なのは今であり、君が代を平和の歌として、歌ってみてはどうでしょう? 軍隊や核を持たない日本の誇るべきものとして・・・ |
||
いかがでしょうか。君が代のイメージが変わったのではないでしょうか?
私は歌は悪くないと思います。
それらを受け答える人の気持ち次第なのではないでしょうか。
過去にいけないことをした事柄から逃げてもいけないし
忘れてもいけないし、二度と繰り返さないためにも
この「君が代」は日本の国歌にふさわしい
世界に誇れる歌だと思います。